日記

高速道路の灯り

What makes you feel nostalgic?

子供の頃車で小一時間のところに住む母の姉一家の家へよく言っていた。父の運転する車に乗って朝から出かけた。朝から何してどうしてというのは詳しくおぼえてないが、帰りに車の後部座席にのって、柔らかいオレンジ色の街灯が窓を滑ってゆくのをみていた。

不思議な感覚だった。今が幸せか不幸せかわからなかったが、寂寥感だけは感じていた。将来この記憶はずっと残るだろうことだけがわかっていた。

後に有名なアメリカの漫画「ピーナッツ」の主人公のチャーリーブラウンが言うのだ。「大人になるとは、車の後部座席にすわるということなのだ」と。「運転席と助手席には両親。何があっても守ってくれる。それがいつの間にか、両親は前の席から消え、自分たちが運転席に座っている。そして守側になっている。大人になるってそういうことさ」大体こんな感じのことを言っていたと思う。知らんけど。後から知った話だが、自分の記憶と妙にハマって納得した。

今でも思い出す、後部座席に座っていた私は両親に守ってもらっていた幸せな子供だったことは確かだ。だが、この先自分がどんな大人になるのか、未来はどんななのが漠然とした不安が夜の高速道路になったようで、非常に不安をかんじてもいた。明かりは頼りない。コースから反れることもできない。自分はどうなってしまうのだろう。このまま夜の闇に紛れてしまうのだろうか…という非常にファンタジックな気持ちになったが、現実は家に着くなり「さっさと風呂はいって寝ろ」だった。

そしてその頃の親の歳をとっくに越した今、なんと幸せだったことかと思えるのだ。自分で運転する必要なんかない。ちょこんと後ろに座っていれば運んでもらえた。とてもイージーだった。あんな気楽な気持ちは二度と味わえない。もう思い出すためだけのものなのだ。

そして依然どこへ進むかわからない夜の高速道路は続いている。明かりは一層薄暗く深淵へと突き進んでいくのみ。懐かしいどころじゃなく、短い将来ずっとこの夜を走っていくのだろう。

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